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仙台高等裁判所 昭和46年(行コ)8号 判決 1975年1月22日

控訴人 山形市長

訴訟代理人 叶和夫 菅野友次 壱岐隆彦 ほか二名

被控訴人 株式会社 鉄興社

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  控訴人が昭和四二年四月一四日被控訴人に対し、被控訴人がその山形工場において金属マンガンを製造するために使用した電気についての電気ガス税として、昭和三九年度分(昭和三九年四月一日から昭和四〇年二月二八日まで)金七〇一万九一六九円、昭和四〇年度分(昭和四〇年三月一日から同年五月三一日まで)金一九八万四一六七円の合計金九〇〇万三三三六円を賦課する旨の決定をしたこと、これに対し被控訴人が昭和四二年五月一一日控訴人に対し右賦課決定の取消しを求める異議申立をしたところ、控訴人は同年六月五日右申立を棄却する旨の決定をなし、その決定書謄本は同月七日被控訴人に送達されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件賦課決定は金属マンガンが地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」に該当し、非課税物件であるにもかかわらず、しからずとしてなされた点において違法である旨主張するので、以下この点について検討する。

1  ある用語、名称によつて表示される物質がいかなるものであるか、その概念が租税法規上明確に規定されている場合にはもとよりこれによるべきであるが、右の「合金鉄」あるいは「金属マンガン」については本件租税法規上かかる概念規定は全く存しないのであるから、かかる場合は、まずそれらが金属材料の一種であることから、その概念規定について最も正確を期待し得る学術、すなわち金属学においてどのように定められているか、そしてそれが一般国民の知識水準に照らして認識理解し得るところであるかどうかを明らかにし、次いで本件租税法規の趣旨目的等からしてこれを別異に解すべき特段の事由が存するかどうかを検討すべきである。

しかして、<証拠省略>よると、学術上(金属学上)金属材料は通常純金属と合金との二つに大別されるが、前者が単一金属元素より成るものである(他に元素を含んでいても、その単一金属元素の性質に影響を及ぼさない程度に僅かに含まれるものは不純物であつて、合金元素ではない。)のに対し、後者は一つの金属元素と一つ又は二つ以上の金属元素又は非金属元素を融合混和させたものであつて、金属としての諸性質を失わず、しかも種々の優れた性質を現すものであり、合金鉄というのは鉄と鉄以外の元素(一般には後者の含有量が前者のそれよりも多い。)を融合混和した合金の一種をいうものと理解されていることが認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右のように学術上(金属学上)の概念に従つて、合金鉄とは鉄と鉄以外の元素の融合混合した合金であつて、単一金属元素により成る純金属と区別されるものをいうものと理解することは、一般の国民の知識水準によつても容易であるから、地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」は、他に特段の事由がない限り、右と同様に解するのが相当である。

他方<証拠省略>によると、学術上(金属学上)金属マンガンはマンガン金属単体であつて、前記純金属の一種として理解されるものであり、金属マンガンにあつては鉄は不純物であつて、その製造過程においても、鉄をはじめケイ素、炭素、燐、硫黄等の不純物を極力排除して純度を高める方法が採られ、ことに電解法により製造されるものは、九九・九二パーセントを越える純度を有することが認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。かように、学術上(金属学上)の概念に従つて金属マンガンはマンガン金属単体であつていわゆる純金属に含まれ、合金鉄とは区別されるものであると理解することも、一般の国民の知識水準をもつてすれば、容易なことがらに属するものというべきである。

ちなみに、<証拠省略>によると、被控訴人がその業務内容を一般に知らせるために発行したものと窺われる「会社の概要」と題する小冊子においても、被控訴人の製造にかかる電解金属マンガンの説明が「フエロアロイ」の項においてではなく、「電解金属」と題する別項において行われていることが認められる。

もつとも、<証拠省略>によると、日本規格協会編集の「JISハンドブツク鉄鋼」をはじめ、鉄鋼新聞社編著の「鉄鋼辞典」、工業技術院監修の「鉄鋼便覧」等多くの実務的な解説書においては、合金属と和訳される「フエロアロイ」の項において金属マンガンの規格、製造方法、用途等の説明がなされていることが認められるが、この事実も金属マンガンの意義、概念に関する前記の認定判断を左右するに足りないものというべきである。けだし、これらの解説書においては、執筆者の説明の便宜上、ないし読者の利用の便宜を慮り、後述の日本工業規格の分類に準拠しているに過ぎないものであることが、その説明自体により容易に窺知することができるからである。

また、被控訴人は、金属マンガンは合金鉄に含まれることの明らかなフエロマンガンの不純物の極少なるものと理解することもできる旨主張するが、<証拠省略>によると、フエロマンガンはマンガン金属と鉄の合金であり、その場合不純物とされるものは炭素、ケイ素、燐等であつて、鉄ではないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、フエロマンガンから右のような不純物が極力取り除かれたとしても、金属マンガンとなるわけではないというべきであるから(ちなみに、<証拠省略>によると、全量に占める鉄の含有量の割合は、フエロマンガンにあつては八・八八ないし一七・〇八パーセントであるのに対し、金属マンガンにあつては〇・〇一パーセント以下とされており、著しい差異の存することが認められる。)、被控訴人の右主張は採用することができない。

してみると、他に特段の事由がない限り、金属マンガンは地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」に含まれないものというべきである。

2  これに対し、被控訴人は、租税法の解釈はその法の目的に即した合目的解釈によるべきであるとし、(イ)地方税法四八九条一項二号の立法の趣旨ないし目的は、国民生活において重要な基礎資材である鉄鋼及びその原料について電気ガス税を非課税とすることにより、製造原価を引き下げ、もつて国民経済の利益を図ることにあるのであつて、同号に「合金鉄」が掲記されているのも、合金鉄が脱酸、脱硫及び合金成分添加等の目的のため鉄鋼原料として不可欠であり、かつ製造原価に占める電気料金の割合が高いことによるものであり、(ロ)地方税法四八九条一項二号は右のような趣旨ないし目的による産業政策的立法であるから、同号にいう「合金鉄」は工業上合金鉄として取り扱われるものをいうものと解すべく、他方(ハ)金属マンガンはその用途において(イ)の合金鉄のそれと同一であり、また製造原価に占める電力料金の割合が二〇パーセントを超えるのみならず、工業上の合金鉄の概念について最も権威のある日本工業規格において、金属マンガンが合金鉄と和訳されるフエロアロイに含まれていることからしても、金属マンガンは地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」に含まれるものと解すべきである旨主張する。

(一)  しかし、被控訴人主張のような意味における合目的解釈ないし法規の趣旨を尊重した解釈に基づいて法律の規定を適用するときは、いわゆる類推ないし拡張解釈に等しく、結果的に法律の規定の本来の規制内容を緩和して適用することとなるのであるが、かようなことは地方税法四八九条のような非課税要件規定においては避けられるべきものである。

けだし、租税の賦課徴収と国民における財産権の保障との関係が法理論的に後者が原則的であるのに対し、前者が例外的なものとして理解されるべきであるという形式的な観点(例外の内容を原則との比較においてより広義に、より緩和して解すると、やがては原則と例外との区別を失わせるという不当な結果を招くことになる。)のみならず、財産権の保障、租税負担の公平等をその実質的内容とする租税法律主義の原則からいつても、租税法規ことに課税要件規定は狭義に厳格になされなければならないことは異論のないところであろうが、租税法規における非課税要件規定は、課税要件規定を原則的規定とすると、これに対する例外的規定としての地位にあるものと理解され、実質的にも非課税要件規定は、それが課税要件規定とは異なる何らかの財政、経済政策的配慮から定立されるものであるが故に、課税要件規定が実現維持しようとする租税負担の公平等の理念に対して何らかの意味におけるいわゆる阻害的な影響を及ぼすものであることからして、租税法規の解釈適用における前記の狭義性、厳格性の要請は、非課税要件規定の解釈適用において一層強調されてしかるべきだからである。

(二)  地方税法四八九条一項二号の規定について合目的解釈又は趣旨を尊重した解釈を行う場合におけるその目的ないし趣旨を「国民生活における重要な基礎資材である鉄鋼及びその原料について電気ガス税を非課税とすることにより製造原価を引き下げ、もつて国民経済の利益を図ること」、あるいは端的に「製造のため電力を多量に必要とする重要産業を保護育成せんとする産業政策的なものであること」自体に求めることも当を得ない。

電気ガス税の非課税の対象を「合金鉄」等の製品をもつて示すこととした右規定における立法の趣旨ないし目的は、一般に重要基幹産業における製品の製造原価を引き下げて国民経済の利益を図るという観点からみて当該非課税の対象とされ得べき製品のなかから、現実に非課税の対象とされる製品を選定して非課税とするということに存するものというべきであつて、かような例外の範囲を限定するという趣旨ないし目的こそが、いわゆる趣旨を尊重した解釈ないし合目的解釈にいう趣旨ないし目的とされるべきである。

(三)  地方税法四八九条一項二号が「合金鉄」という製品の名称で非課税の対象を限定している限り、被控訴人主張のような合金鉄の使用目的ないし用途は、右非課税要件規定の解釈上問題とすべきではない。もし右規定が「合金鉄」と使用目的ないし用途等について同一性を具有する物件にまでその非課税の効果を及ぼそうとするものであるならば、右規定はその使用目的ないし用途等をその要素として明示して構成されるのが一般だからである。むしろ、地方税法四八九条一項二号において「合金鉄」として製品の名称をもつて掲記されているのは、非課税の範囲を限定して、合金鉄と使用目的ないし用途等において同一性を有する物件のうち、一般的常識的理解において「合金鉄」と観念されるもののみを特に選定したものと解するのが相当である。

右の点からして、合金鉄の使用目的ないし用途上、鉄分の存在が不要であるか否か、又は支障になるか否かといつた点は、地方税法四八九条一項及び同項二号の解釈上問題とするに足りないものというべきである。

(四)  工業標準化法(昭和二四年法律第一八五号)に基づいて制定された日本工業規格が金属マンガンをフエロアロイに含めてその品質等の工業標準を定めていることは、地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」の意味を定め、あるいはこれに金属マンガンが含まれるか否かを決するうえで、決定的意義を有するものではない。

工業標準化法ないしこれに基づく日本工業規格と地方税法なかんずく電気ガス税の非課税に関する規定とが立法、制定の趣旨、目的ないし性格を異にする別個の法規、命令であることはいうまでもないから、右各法規ないし命令における「フエロアロイ」「合金鉄」なる概念は、たとえ一般的には一方が他方の訳語ないし同義語の関係にあるとしても、これを内容要素とする法規、命令の異なるに従い、それぞれ別個、独自の意味内容をもつものであることはむしろ当然であり、地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」が日本工業規格からの借用概念であるとはその内容、形式からして到底認め難く、他に地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」の概念を日本工業規格に従つて理解するのを相当とするような特段の事情が存しない(合金鉄の使用目的ないし用途が右非課税要件規定の解釈上問題とされるべきでないことは既述のとおりであり、また工業標準化法二六条にいう「事務」は、租税法規において非課税の対象ないし要素として特定の品目を表示することまでも含むものではないと解すべきである。)以上、右「フエロアロイ」「合金鉄」なる各概念はそれぞれの法規の解釈の枠内で独自に理解されるべきであつて、たやすく概念の借用ないし流用関係を認めるべきではない。

被控訴人は、工業標準化法の趣旨からして地方税法四八九条一項の規定の制定にあたつては「合金鉄」という用語ではなく「フエロアロイ」なる用語を用いるべきであつた旨主張するが、立法論としてはともかく、解釈論としてはむしろ日本工業規格において「フエロアロイ」なる用語がすでに用いられており、いわゆる工業上の分類として一般化していたにもかかわらず、あえて地方税法がその四八九条一項二号において「フエロアロイ」なる用語ではなく「合金鉄」という用語を用いていることに格別の意義を見出すべきであると反論することも容易である。

(五)  以上の諸点からして、被控訴人の前記主張は採用することができない。

3  本件の山形市以外の市町村における金属マンガンあるいはこれと同種とみられる製品に関する電気ガス税の賦課徴収の実態や、財団法人地方財務協会発行自治省税務局編「地方税質疑応答集」あるいは自治庁市町村税課長の回答における金属マンガン、金属ケイ素、カルシウムシリコン等に関する見解は、まさにその当否が問題とされるのであつて、その課徴税の実務や見解自体が前記1の解釈を変更すべき特段の事由となるものではない。

そのほか、当事者双方の主張を検討するも前記の特段の事由は存せず、かつ右主張の範囲外においても右の事由を認めるに足りる証拠は存しない。

4  かえつて、地方税法四八九条における「合金鉄」及び「金属マンガン」に関する立法の変遷は、これを客観的に直視する限り、金属マンガンが合金鉄に含まれないとする前記1の解釈に添うものというべきである。すなわち、昭和二五年七月三一日法律第二二六号により制定された地方税法四八九条一項二号は「銑鉄、鋼塊、鋼材、鋳鍛鋼、可鍛鋳鉄」と共に「合金鉄」を電気ガス税のいわゆる永久非課税品目に指定し、その後右「合金鉄」自体については明文上何らの改正も加えられていないが、昭和四〇年三月三一日法律第三五号による同法の改正により同条二項五号において「金属マンガン及び二酸化マンガン(電解法によるもの)」なる品目が新たにいわゆる期間限定(三年間)非課税品目として追加指定され、さらに昭和四三年三月三〇日法律第四号による同法の改正により、右「金属マンガン及び二酸化マンガン(電解法によるもの)」は同条二項五号の期間限定非課税品目からはずされて、新たに同条一項二号の「合金鉄」とは別に同項九号の四に永久非課税品目として追加指定されるに至つた。してみると、昭和四〇年法律第三五号による改正以降の地方税法においては、「金属マンガン」が「合金鉄」に含まれないことは法文上明らかであり、また右法案にいう「合金鉄」は特段の事情のない限り右改正の前後を通じて同一の意味内容を有する概念として解釈するのが法規の常識的理解に添うものというべきであるから、右改正の経過はその間にどのような立法事情があつたにもせよ、これをそのまま直視する限り、昭和四〇年法律第三五号による改正前の地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」は金属マンガンを含まないとする上記の見解が正しいことを裏づけるものというべきである。

このことは、立法当局者が右法改正にあたつて課徴税の実態について誤認していたかどうかによつて左右されるものではなく、まして右法改正自体を立法の誤りとする被控訴人の主張は到底採用することができない。

5  以上の検討により、地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」には金属マンガンは含まれないものと解するのが相当であり、本件賦課決定が非課税物件について課税した違法があるとの被控訴人の主張は採用することができない。

三  被控訴人は、本件賦課決定は禁反言の法理又は信義則に違反し、違法である旨主張する。

しかし、本来契約当事者のような特殊な法律関係によつて結ばれている者の間で機能する禁反言の法理ないし信義則がそのまま公法上の権力関係としての性格の濃い租税の賦課決定の分野にも適用されると解することについては疑間の余地があるのみならず、右の適用が肯定されるとしても、かかる法理ないし原則は実質的に相対立する利益双互の調整を目的として本来法規上許されるべき権利の行使を仰制するものであるから、その適用は厳格、慎重になされなければならない。

ところで、<証拠省略>に弁論の全趣旨をあわせ考慮すると、被控訴人はその山形工場において昭和二七年八月ころから金属マンガンを製造しており、そのころから繰り返してその製造に直接使用する電気について非課税対象として申告してきた(もつとも、被控訴会社山形工場長が控訴人に提出した法四八九条該当申告書においては、非課税の対象たる製品名が「満俺鉄、フエロアロイ、電解ソーダ」「合金鉄、電解ソーダ」「合金鉄、電解鉄関係」と記載されており、必ずしも金属マンガンがそれとして明示されているわけではない。)が、これは対し控訴人は何らの異議もさしはさまず、積極的にも消極的にも何らの応答もしないまま推移し、昭和四二年四月に至りはじめて金属マンガンは地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」に含まれず、したがつて金属マンガンを製造するに直接使用した電気については非課税の対象とならないとの解釈により、過年度分にさかのぼり、すでに消滅時効にかかつた分を除いて本件賦課決定をしたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実関係によると、本件の場合は、本件賦課決定の以前においては金属マンガンの製造に直接使用した電気に対する電気ガス税の賦課徴収に関して、課税行政庁たる控訴人の何らかの明示の行動があつたとか、あるいは相手方たる被控訴人が控訴人の明示の行動を信頼していたというような具体的事実は存しないのであつて、単に控訴人の不作為ないし課税されていないという事実状態が継続していた(控訴人が被控訴人の前記非課税申告に対し何らの異議をさしはさまなかつたからといつて、そのことから直ちに控訴人が地方税法における電気ガス税の課税要件に違反する事項を容認していたこととなるものではない。)に過ぎず、かかる不作為ないし事実状態をもつて禁反言の法理にいう信頼の対象たる表示に該当するものとすることはできないし、また信義則にいう相手方の信頼の原因たる行為に該当するものと解することも相当でない。

なお、右のような非課税の事実状態が約一五年の長きにわたり継続したからといつて、直ちにこれが法的確信にまで高かめられ、法的状態に転化したとか、あるいはこれに類する法的効力を生ずるに至つたものと解することはできない。

また、本件賦課決定によつて侵害されるという被控訴人の利益なるものは、いわば私人の利益であつて、しかも本来納税義務があるのを誤つた法解釈に基づきあるいは被控訴人の前記非課税申告に対し何らの応答がなかつたことをもつて容認されたものと即断して、納税しなくてもよいとの期待をもつたというものに過ぎず、かかる利益は租税法律主義の原則に基づき課徴税を義務づけられている控訴人の公益とは比較にならず、まして租税法律主義の原則を犠牲にしてもなおかつ回復せしめるに値するほどの信頼利益であるとすることは到底できない。むしろ、従来の非課税の事実状態が法規の適正な解釈からして誤つていることに気付いたときは、税務行政庁たる控訴人としては速やかに法の命ずる状態を回復せしめること、すなわち課税処分を行うことこそ租税正義の理念に添うものというべきである。

次に、控訴人が本件賦課決定をするに至つた背景、事情についてさらに検討するに、<証拠省略>に弁論の全趣旨をあわせ考慮すると、昭和四一年一一月施行の山形市長選挙に際し、被控訴人に対する控訴人の電気ガス税の賦課徴収の取扱いについて不正がある旨等の記載のある、いわゆる怪文書が選挙民間に頒布されたことに端を発して、山形市議会内に電気ガス税賦課徴収、公有財産処分調査特別委員会が設置され、その調査報告を経て同市議会において、被控訴人の製造にかかる金属マンガンについて非課税扱いをしていたのは地方税法に違反しているので、時効にかかる部分を除き過年度分として課税すべきである旨の決議がなされたところから、これを受けた控訴人は改めて従来の取扱いに検討を加えた結果、昭和四〇年の地方税法の改正により金属マンガンが「合金鉄」に含まれないことが明文上明らかになつたことや、右改正前においても同様に解されるとする自治省事務官の見解に依拠して本件賦課決定をするに至つたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実関係からすると、本件賦課決定が単に被控訴人を困惑させる目的で恣意的にのみなされたものであるとか、公権力の行使として適法妥当であるかどうかを顧みず、政治的配慮のみに基づいてなされたものであるとかいうものでもないことが明らかであり、また課税要件に合致するとして課税処分を行うのに他に合理的な理由が必要であるとも解されない。本件賦課決定は、適正な法解釈に従い、従来の取扱いを是正し、課税すべきものを課税したものと認むべきものであつて、これに対し「合理的な理由も存せず、慎重な配慮に欠ける」旨非難するのは当らない。

他に本件賦課決定が禁反言の法理ないし信義則に違背するものと解するのを相当とするような事由を認めるに足りる証拠は存しないから、被控訴人の前記主張は理由がない。

四  被控訴人は、本件賦課決定は課徴税平等の原則に反して違法である旨主張する。

<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によると、金属マンガンは我が国においては被控訴会社と訴外中央電気工業株式会社(田口工場)の二社のみで製造されており、右訴外会社の事業場の所在する新潟県中頸城郡妙高高原町においては金属マンガンの製造に使用する電気について電気ガス税を課税しておらず、また金属学上その他の点からしても金属マンガンと同一種類とされている金属ケイ素の製造に使用する電気については、福島県郡山市、同県田村郡小野町、長野県塩尻市、新潟県直江津市のいずれも本件の課税対象期間中電気ガス税を課徴していなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかし、本件の山形市以外の市町における金属マンガン及び金属ケイ素に関する非課税扱いが、これらの製品が地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」に含まれるとの解釈に基づくものであるとすれば、かかる解釈は前記の適正な解釈に反するものであつて、その非課税扱いは違法であり、速やかに是正されるべきであるということになるに過ぎず、課徴税平等の原則といえども、控訴人をして課税主体を異にする他の市町村におけるのと同様に非課税扱いという違法な状態のまま放置することを余儀なくさせ、他に違法事由のない本件賦課決定を違法たらしめるものであるとは到底解することができない。このことは、他の市町村において本件の課税対象期間と同年度分をさかのぼつて賦課徴収することが時効の点からしてもはや不可能であるとしても、同様である。

よつて、被控訴人の前記主張は採用することができない。

五  以上の説示のとおり、山形市長のした本件電気ガス税の賦課決定を違法ということはできないので、これを違法としてその取消しを求める被控訴人の本訴請求は棄却を免れず、これを認容した原判決は失当として取り消すべきものとする。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 石川良雄 小林隆夫)

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